使用機器プリ・アンプ・アキュフェーズC280V LP=マイクロ5000十FR64S十FR7f他、CDコピー、
ティアック
RW―D280
絢爛豪華な弦楽四重奏曲の世界に比べ、弦楽三重奏曲は音楽が必要とする4声の和声を満たすことができない、不完全な構成のため労多くして功少ないことから作品の数が少ないと音学の本に書いてありました。
この辺りに凝っていた昭和50年頃までは、ハイドンのクラヴィーア・ソナタ集からの編曲21曲から3曲
(Hob XV I No.40~42)とウィルトンの3曲、モーツアルトは弦楽三重奏のためのディヴェルティ メントK5 6 3、ベートーヴェンは、弦楽三重奏曲作品3、弦楽三重奏のためのセレナーデ作品8、弦楽三重奏曲作品9の1. 2. 3の5曲、シューベルトは弦楽三重奏曲D471とD5 8 1の2曲、とウィルトンの3曲、ヒンデミット、ドナーニ、バークレイの各1曲が録音の全部ではなかったでしょうか。
演奏は1930年代のフランスのジャン・ピエールとエチェンヌのパスキエ・トリオと、1千万ドルトリオと呼ばれたヤッシャ・ハイフェッツ、ウィリアム・プリムローズ、エマヌエル・フォイアマンの巨匠トリオがモーツ アルトのK563を録音、この巨匠トリオは1942年フォイアマンが40歳で夭折、後釜にピアテゴルスキーを入れたら百万ドルオと大幅安になりましたが、新メンバーによるベートーヴェンの作品3と9の1と2は誠に結構な出来でした。
1934年には黄金のトリオ登場、当時25歳のシモン・ゴールドペルク、大変なヴィオラの名手だった39歳の 作曲家パウノレ・ヒンデミット、32歳だった夭折の天才エマヌエル・フォイアマンによるこのトリオは正に完璧でした。しかし、残念ながら録音はベートーヴェンのセレナーデとヒンデミットだけで、モーツアルトを残さなかったのがなんとも痛恨のきわみでした。
また1千万ドルトリオと称されたヤッシャ・ハイフェッツ、ウィリアム・プリムローズ、エマヌエル・フォイ アマンの巨匠トリオは、モーツアルトをRCAに録音した後、1942年5月にフォイアマンが40歳で夭折、後 釜にピアテゴルスキーを入れたら百万ドル・トリオと大幅安になりましたが、新メンバーによるベートーヴェ ンの作品3と作品9の1と2は結構な出来でした。
LP時代に入って弦楽三前奏曲を一番録音したのは、ヴァイオリンのジャン・プーニェ、ヴィオラのフレデリ ック・リドル、チェロのアントニー・ピーニのロンドン・フィル出身のトリオで、ウィルトンとハイドンが3曲、モーツアルトとベートーヴェンの全曲、ヒンデミット・ドナーニ・フランセの計7枚のLPを1953年頃からウェストミンスターから出していました。中でも、モーツアルトの563は、この曲のベストと思っている出色の出来でした。
ヴィオラのリドルは、シモン・ゴ-ルドベルクとモーツアルトのヴァイオリンとヴィオラの二直奏曲K424・
K425の二曲の名演をSPに残していました。
なお、弦楽三重奏曲の録音は、1970年頃まではモーツアルトのK563とベートーヴェンの作品8がほとんどでし た。 1970年頃までにジョセフとリリアンのフックス兄妹とトルトゥリエ、グリュミオー・トリオ、スターン ・トリオ、フランス弦楽三重奏団などがモーツアルトのK563を録音していました。なお、シューベルトはウィーン・コンツェルト・ハウスSQのメンバーの録音があります。
今日は、ゴールドベルク・ヒンデミット・フォイアマンの黄金トリオが1934年1月に録音した、名曲・名演・名録音の三拍子揃った青春のベートーヴェン“弦楽三重奏のためのセレナーデ ニ長調 作品8”を、アルテスコ(キャニオン VD3021) の見事な復刻でお聴きください。オリジナルは唯一新品で買ったSP3枚でした。
第一楽章 |
マルチア アレグロ~アダージョ |
7:0 8 |
第二楽章 |
メヌエット・アレグレット |
2:04 |
第三楽章 |
アダージョ |
4:23 |
第四楽章 |
アレグロ・アラ・ポラッカ |
3:34 |
第五楽章 |
アンダンテ・クァジ・アレグロ~ マルチア |
7:52 |
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計25:01 |
以 上