佐村河内守:交響曲第1番<HIROSHIMA>

AAFC例会資料

2013/04/28

担当 : 脇田 隆夫

1. 佐村河内 守 (サムラゴチ マモル)

被爆者を両親として1963年広島に生まれる。4歳から母親よりピアノの英才教育を受け、10歳ベートーベンやバッハを弾きこなし「もう教えることはない」と母親から告げられ以降、作曲家を志望。中高生時代は音楽求道に邁進し、楽式論、和声法、対位法、楽器法、管弦楽法を独学。17歳の時、原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症。高校卒業後は、現代音楽の作曲法を嫌って音楽大学には進まず、独学で作曲を学ぶ。
1988年、ロック歌手として誘いを受けたが、弟の不慮の事故死を理由に辞退。聴力の低下を隠しながらの困難な生活が続く中、映画「秋桜」ゲーム「バイオハザード」等の音楽を手掛ける。1999年、ゲームソフト「鬼武者」の音楽「交響曲ライジングサン」で脚光を浴びるが、この作品に着手する直前に完全に聴力を失い全聾となっていた。
抑鬱神経症、不安神経症、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り止まない頭鳴症、耳鳴り発作、重度の腱鞘炎等に苦しみつつ、絶対音感を頼りに作曲を続ける。2000年それまでに書き上げた12番までの交響曲を全て破棄し、全聾以降あえて一から新たに交響曲の作曲を開始。同年から障害児のための施設にてボランティアでピアノを教える。この施設の女児の一人は交響曲の作曲にあたり佐村河内守に霊感を与え、この作品の被献呈者となった。2003年秋「交響曲第1番」が完成。 (以上ライナーノートのまま)
闇が深ければ深いほど、祈りの灯火は強く輝く・・佐村河内守
2008年9月 G8サミット記念コンサート広島 秋山和慶 広島交響楽団(初演)
2010年4月 改訂版 第1、3楽章 大友直人 東京交響楽団 東京芸術劇場
2010年8月 全楽章 秋山和慶 京都市交響楽団 京都コンサートホール

  

2.  第1楽章 19:58 運命・・作者コメント
    第2楽章 34:33 絶望
    第3楽章 26:53 希望

 

3.  録音

大友直人 東京交響楽団2011.4.11~12 パルテノン多摩 DENON COCQ-S4901
第3楽章コラールの時 東日本大震災以降最大の余震M7.1に見舞われたが 誰一人として揺れに動じる者は無く 信じられぬほどに研ぎ澄まされた集中力で最後のクライマックスを迎えた。魂を揺さぶられて演奏していたと、コンサート・ミストレスの大谷康子は語っています。