協奏曲を彩るカデンツアの魅力

(モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番ニ短調
& 21番ハ長調」を例にして)

 

AAFC例会資料

2013/06/30

担当 : 高橋 敏郎

1。カデンツァとは

カデンツァ(CADENZA)はイタリア語で ドイツ語では カデンツ(KADENZ)、フランス語ではカダンス(CADENCE) と呼ばれる。
元々終止装飾句といった意味、即ち 通常 楽曲とか楽章の終わり直前で 独奏者(または独唱者)がその華麗な技巧を誇示するためにオーケストラの伴奏を一時的に停止して挿入される即興的な演奏部分をいう。
最初は18世紀にイタリア歌劇のアリアで用いられ、後には器楽の主に独奏協奏曲の第一楽章または終楽章の終わり近く、コーダ(終結部)直前で用いられるようになった。
ただ例外的に協奏曲以外の作品でもみられる。(例えばモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第30番終楽章とかリストのハンガリー狂詩曲第2番など)
本来はこのように独奏者によって即興的に演奏されるのが常だったが、古典派後期以降、作品全体の質的レヴェルを落とさないためなどの理由から カデンツァ部分も作曲家自身により作曲されたり(”作り付け”という。例えばピアノ協奏曲第5番”皇帝”とかメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)、または他の著名作曲家(今回取り上げるモーツァルトのニ短調協奏曲の第一楽章及び終楽章用に作曲されたベートーヴェンによるカデンツァなど)や著名演奏家によって作られるようになり それら幾つかのカデンツァの中から選択されて演奏されるようになった。しかしロマン派以降になると、再び演奏者の個性を尊重するという立前から本来の独奏者による自由且つ即興的なカデンツァが弾かれるケースも多くなっている。
即興的演奏である場合、演奏上の制約などは特にないが、和声上は一応 四六の主和音でオーケストラ合奏が一旦停止された後独奏が始まり 属音上のトリル(装飾音)を以て終わるのが一般的。楽譜上カデンツァの箇所は 通常はトニカの四六の和音にフェルマータをつけて示される。更に総譜ピアノ・パートに ”CADENZA" または ”CAD" という記号が表示される場合が多い。

2。今回は 以前より何回か取り上げてきたモーツァルト「ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K466」の第一楽章と終楽章(第三楽章)における種々のカデンツァを取り上げながら比較してみたい。

本作品は1785年2月11日ウィーン市立公会堂で作曲者自身のピアノによって初演されたが、当然のことながらモーツァルト自身のカデンツアが使用された。(同年4月8日付父レオポルド宛の手紙にも 本曲用にカデンツァを用意した旨が明記されている)しかし何故か このカデンツアは 次の作品第21番ハ長調 K.467のカデンツァ共々消失してしまった。
初演から10年後の95年3月、モーツァルト未亡人、コンスタンツエの要請もあって 当時ウィーンでは飛ぶ鳥も落とす勢いだった若き天才ベートーヴェンがブルグ劇場でこの作品を再奏。彼のカデンツァがあまりに有名になり 現在に至るまで本曲のカデンツァといえばベートーヴェン作を使用するケースが圧倒的に多いようだ。
然し乍ら その後も数多の作曲家や演奏家がこの名作へのカデンツァを作曲しながら現在に至っている。この曲に対し かくも多様なカデンツァが弾かれていることは驚きであるが、それは上記のごとくモーツァルトの自作が失われた事実とともに 同曲が類希なる名曲であることが理由であろう。
こうした諸々のカデンツァを比較試聴するのも協奏曲を聴く楽しみを倍加させる理由の一つであろうと思われる。

 

3。今回は 以下列記したカデンツァを用意持参したので、この中から幾つかを時間の許す限りお聴き頂きたい。

(A) モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K466」

第一楽章

a。べートーヴェン(1770-1824)のカデンツァ(3:32)
b。フンメル(1778-1837) のカデンツァ(3:21)
c。ブラームス(1833-97)のカデンツァ (4:10)
d。ブゾーニ(1866-1924)のカデンツァ (2:45)
  以上 a,b,c,d。の演奏は何れもミヒャエル・リシェによるもの。
  Michael Rische(piano) WDR SO Koln/Howard Griffiths (dir) (r.2008)

e。天下の怪演(必ずしも優れているという意味ではない)ゴットリープ・フォークト 
  のカデンツァ(Cad. 9:50- )による全曲 (12:50)
  Gottlieb Voigt(piano & dir) Philharmonie  Berolinensis (発売.1993)
  尚 このピアニスト及びオーケストラについて調べてみたが正体不明。
f。チック・コリアのカデンツァ (Cad. 12:46- )
  Chick Corea (piano)  Saint Paul  CO/ Bobby McFerrin (dir)(r.1996)
g。ジャック・ルーシエのカデンツァ (Cad. 11:18 - )
  Jacques Loussier (piano)  with  String Orchestra (r.2005)

第三楽章

a。 同じく大変ユニークなゴットリープ・フォークトのカデンツァ (Cad. 6:00-- )による
  全曲 (8:55)
  Gottlieb Voigt(piano & dir) Philharmonie  Berolinensis (発売 1993)
b。べートーヴェンのカデンツァ (2:40 )
c. フランツ・クサヴァー・モーツァルト(1791-1844) のカデンツァ (3:18) *これは世界初録音
d。クララ・シューマン(1819-96)のカデンツァ (2:32)
e。ブゾーニのカデンツァ (2:45)
  以上 b.c.d. e の演奏は何れも ミヒャエル・リシェによるもの。
  Michael Rische(piano) WDR SO Koln/Howard Griffiths (dir) (r.2008)
f。プレヴィンのカデンツァ(4:58-) 
  Andre Previn(piano)London SO /Andre Previn (dir) (r.1976)
g。キース・ジャレットのカデンツァ(5:55-)
  Keith Jarrett (piano) Stuttgart  CO/Dennis R. Davies (dir) (r. 1998)

(B) モーツァルト「ピアノ協奏曲第21番ハ長調 K467」

第三楽章

ファジル・サイによる第21番協奏曲のカデンツァも大変スピーディで面白いので 時間があれば第3楽章だけでも聴いて頂きたい。(第3楽章のみ 7: 13 )
Fazil Say (piano) Zurich Chamber Orch/Howard Griffiths(dir)(r. 2004)
モーツァルト作になるこの曲のカデンツァも未だに見つかっていない。

  以  上