ムラヴィンスキー 幻の記録

ショスタコーヴィチ 交響曲  第5番  ニ短調  op47
「革命」 (映像)

AAFC例会資料

2015/06/14

担当 : 霜鳥 晃

 

 本映像は、1992年9月6日 NHK教育テレビ「芸術劇場」で故黒田恭一氏の解説で放映されたものでVHSに録画し、DVDにダビングしたものです。
本曲はショスタコーヴィチの作品の中で、最も演奏回数の多い曲で、最近では2011年佐渡裕氏が憧れのベルリン・フィルを初めて指揮した時の曲。最終楽章終盤では感極まり泣きながら振っていたのが印象的であった。またNHK交響楽団の次期常任指揮者に内定しているパーヴォ・ヤルヴィー氏が本年2月N響を指揮したのもこの曲であった。
本曲の初演は1937年11月21日ソヴィエト革命20周年記念演奏会において発表され、大成功裏に終わった。指揮はムラヴィンスキー(34歳)であった。彼はこの曲を何度も録音しているが、本日お聴き頂くのは彼の最晩年にあたる1983年80歳の時のものである。

1.一般的な解説 

若きショスタコーヴィチは「第2番」「第3番」の交響曲でソ連当局の批判を浴び、特にオペラ「ムツェンツク群のマクベス」はプラウダ紙上で痛切に批評された。内容が西欧的、ブルジョワ的であるというのである。その後に書かれた「第4交響曲」はリハーサル中に初演をキャンセルされてしまった。
それでもソ連当局からの期待と、彼自身の作家的意欲との相克に悩みながら、彼は「第5交響曲」を完成。1937年11月21日、ソヴィエト革命20周年記念演奏会において発表した。それはソヴィエト政府が長い間待ち望んでいたもので、社会主義リアリズム理論が音楽上に実践された理想的な作品と絶賛されたのである。だが、一方ではこの曲をショスタコーヴィチの、政府への妥協と見る人も少なくなかった。

2.最近の解明 ~ スターリンへの迎合か 秘められた反骨か ~

起死回生の作と言われながら、ショスタコーヴィチは初演時最終楽章では冷や汗でびっしょりであったという。
それは以下第3楽章、特に第4楽章の解説で肯ける。ばれれば銃殺刑が待っているからである。

  映像 ムラヴィンスキーによる幻の記録  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (50分)
       1983年11月20日 「全ソヴィエト芸術フェスチヴァル白ロシア音楽の秋」
     レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 於 ミンクス・フィルハーモニー・ホール

     第1楽章 Moderat~Allegro non troppo  4/4拍子 ニ短調・・・・・・・・・・・・・(15:57)
           重苦しく悲劇的旋律。カノンの同時進行。
     第2楽章 Allegrett 3/4拍子 イ短調・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(05:35)
           行進曲風であるが、なぜか3拍子。
     第3楽章 Largo 4/4拍子 嬰ヘ短調・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13:05)
          「パニヒゲの旋律」(ロシア人なら誰でも知る死者を弔う為の鎮魂歌)が登場する。
              初演時聴衆は涙したという。
          ロシア革命で命を落とした者たちへのレクイエム(体制側の解釈)。
          スターリンによる大粛清の犠牲者に対するレクイエム(多くの聴衆側の解釈)。
     第4楽章 Allegro non troppo 4/4拍子 ニ短調 → ニ長調・・・・・・・・・・・・・(12:10)
        「らららクラシック」(映像)より 秘められたメッセージ (6分)
        「カルメンのハバネラの歌(信じちゃだめよ!)」(私は信じない→私は社会主義を信じない)
             最終の大太鼓(又はティンパニー)は棺に釘を打つ音か?

 以 上

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