2010年011月10日

オーデオ ラジオ 駄話し シリーズ

その第43話

あるオジサンの回顧録

  
 往々にして、ジャンク部品、ジャンクセットを何らかの機会に手に入れることが、長年やっていると、結構あるのが、ラジオ少年<影の声・・ラジオジジイ・未だに好きだなー>の運命。

 いつのまにか、うごく、動かないにかかわらず、かくして山の神の目を盗み、あばら家に持ち込み、余りにも目立つ大きさのジャンクは、誰々ちゃんに修理を頼まれたと、その場を繕い、二ターとしたこの世のものとも思われない日ごろしたこと無い人相で、そそくさと、家人が外出中に梱包を紐解き、うーんと唸りながら、通電検査をし、思わしくない動作をすると、あの払った金額に相当するのか?と言う、凄いジレンマに駆られながら、そんなわけ無い、絶対無い、と、まともな動作を期待しながら、つまみを回すのである。

 期待に反して所詮ジャンクである、ジジイの技量に反して機械は動いてくれないのがセオリーである。そう、これぞと!購入したジジイの技量<医療処置>を超えたジャンクが
手元に登場するのである。致命的欠陥の二度と手に入らない部品の欠落だった場合ジジイは胸をかきむしって夜中に動作試験をした夜があーでもない、こうでもないと、眠れなくなるのです。

 ただでさえ、オショウ水が近いのに、何べんも夜中に家人に、きずかれない様に間違いだよなと、そーと、動作実験をするのです。一番鳥の無く頃はジジイの体はだれきり、コントロール神経をつかさどるの、ノー味噌はもうろうとした朝日を浴びることと相成る。この後はどう始末するのか?・・・ぼけた頭の中は処理法をするために、心臓ポンプが悲鳴を上げるのです。

 最近の電子部品の変化は、飛躍的に発達し、チョイト古い部品は、製造会社の浮き沈みと共に秋葉原から姿を消し、長年通いつめた秋葉原は外国国籍の方たちの坩堝と化し、チョイト出かけようものなら、ご主人様と声を掛けられるオネーさまの集団がおられるが、こんな部品無い?と聞いても、あんただれと?電気部品なんか売っているの?と言われるのが落ちである。往年のラジオ少年は部品ひとつにも困った世界に陥ってしまった今日この頃である。・・・お友達のところに部品を漁りに行った方があるかもしれん、電話して見よう。

44回に続く