題名のない音楽会 見聞録

AAFC エッセイ 音楽会観賞記
訪 問 日
2012/12/18
文  章
霜鳥 晃
 写真提供  
霜鳥 晃
 

 バッシッ!と鞭の擬音で始まるラヴェルのピアノ協奏曲、これを若き新進ピアニスト、
萩原麻未が「題名のない音楽会」で演奏する事が分かったのは、わずか2週間前の事であった。

電通に勤める長女から2か月ほど前に、「題名のない音楽会」の来年3月までのラフなスケジュール表が送られてきた。
その中に、出演者 萩原麻未(予定)、指揮者 山田和樹、オーケストラ 横浜シンフォニエッタ、収録日 12月18日(火)、場所 文京シビックホール(春日)が目に入った。演奏曲目は書いてない。

萩原麻未、聞いた事のあるような名前、ネットで調べると、2010年ジュネーブ国際コンクール(ピアノ部門)で日本人として初めて優勝を果たす、とある。これで分かった。以前「らららクラシック」に招かれ、インタビューを受けていた子だ。この部分はDVDにダビングもしてあった。
しかし、山田和樹は知らないし、まして横浜シンフォニエッタなど知る由もなかった。

 ★

会場の文京シビックホールは東葛地区から行く場合は、大江戸線「春日」が便利。28階の高層ビルは文京区役所、隣接した5階建てほどの横長の建物がシビックホール。今回の演奏は大ホールで行われ、客席は1階1200席,2階560席、
ほぼ満席であった。我々5名の席は1階中央の右あたり。吹き抜けの天井は相当高い。

6時45分開演。今回は司会役の佐渡裕さんが上下オレンジ色のスーツを着て現れる。自分でも照れくさいのか、これはベストドレッサー賞を貰った時の服装だと弁明する。190センチ程の巨漢だ。例の「ページをめくりましょう!」の予行練習を後ろ向きになって実例を示す。

横浜シンフォニエッタは、女性演奏家が色とりどりのドレスを着て現れた。N響を見慣れている目には、新鮮であった。
コンスマは女性で、この人だけは黒いドレスであった。

 「題名のない音楽会」は毎日曜日、9時から30分の放映だから、短いとはいえ協奏曲を全3楽章迄演奏するのは珍しいと思っていたが、佐渡さんも初めてとか言っていた。
また、第2部もクラシックなのも珍しい。

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調はご存知のように、ジャズの要素をふんだんに採り入れた最晩年の傑作だ。似たような、
きらめくような音はガーシュウインの「ピアノ協奏曲 へ調」にもみられるが、こちらの方がラヴェルの物より8年程先行して発表されている。ガーシュウインは30歳の頃パリに渡り、ラヴェル等に作曲技法の教えを乞うたが、すでに「ラプソディ・
イン・ブルー」の 作風に驚きを感じていたラヴェルは、ガーシュウインの才能を称賛し、あるがままの才能を伸ばすよう勧めたという。ラヴェルはガーシュウインより23歳年長であった。

ラヴェルは52歳の頃、アメリカへの演奏旅行を行って、少なからず成功をおさめ、ガーシュウインとの交友を深めていたが、その後作曲に行き詰まり、起死回生の策としてジャズや民俗風テンポを取り入れたこのト長調と「左手の為のピアノ協奏曲」を作曲し、大成功をおさめた。これにはガーシュウインの影響もあったのかもしれない。

萩原麻未さんは現在22歳、ステージから18番目の席からは顔などはよく見えなかったが、テレビで見た時は、丸顔で体つきも幾分ぽっちゃりしていた。史上最年少の13歳でパルマドーロ国際コンクール第1位に輝く。その後、パリ音楽院修士課程を卒業し、現在パリを中心に演奏活動を行っている由。広島生まれ。

本日の演目「ラヴェルのピアノ協奏曲」は、ジュネーヴ国際コンクールで優勝した時の曲のようだ。テレビではドビュッシーの「月の光」を静かに弾いていたが、このラヴェルではそうは行かない。山下洋輔さんのように時折椅子から腰をあげてフォルテッシモを叩く熱演であった。
ホールの音響効果も素晴らしかった。演奏後大拍手の中で山田さんと萩原さんが抱擁する姿も新鮮であった。
こうして第1部は7時20分に終わった。休憩20分

 第2部は山田和樹さん33歳の指揮により、ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」から「魔王カスチェイの凶悪な踊り」
次にベルリオーズの「幻想交響曲」より第1楽章が演奏された。
実を言うと、私はこの第2部には余り期待はしていなかった。山田さんを知らなかったからである。

 山田さんは、佐渡さんとTV朝日のアナウンサー本間智恵さんの間に立って、インタヴュを受ける。3人ともそれぞれマイクを持って話すが、我々の席では残響を伴ってかよく聞き取れない。
佐渡さんが何かと聴衆を笑わせるような事を言っているらしいが、笑い声を立てているのは前方の観客だけで、我々には半分くらいしか聴き取れなかった。が、おおよそ次のような会話があった。

 山田和樹と言う名は、往年の名指揮者 山田一雄氏に似る。両者略してあだ名は「ヤマカズ」。
佐渡さんから励まされていた。

山田さんの経歴で輝くのは、「指揮者の登竜門」であるブザンソン国際指揮者コンクールで、
2009年30歳で優勝した事だろう。 (因みに佐渡さんもバーンスタインの勧めで、このブザンソン国際コンクールに挑戦、28歳の時優勝している)

 現在日本フィルの正指揮者を務めているが、何といってもあのアンセルメが育てた名門スイス・ロマンド管の首席客演指揮者に就任していると言うから凄い。何でも2010年31歳の時、代役の代役で廻って来た指揮がきっかけであり、その時演奏されたのが今回の「火の鳥」という。またブザンソンコンクールのファイナルで指揮をしたのも「幻想交響曲」という。

山田さんは14年前、19歳の芸大在学中に、芸大の卒業生、在学生を結集し、横浜シンフォニエッタ(の前身)を結成、
音楽監督を務めているというから、これも驚きだ。在学中の師は松尾葉子氏、小林研一郎氏とのこと。
会場ではコバケンから寄せられたメッセージを本間アナウンサーから読み上げられると、涙ぐむ一幕もあった。

さて大拍手に迎えられた山田さん、佐渡さんと並んでいる時は小男に見えたが,指揮台に上がると結構大きく見える。
175センチはあろうか。ストラヴィンスキーの「火の鳥」は、アンセルメの得意とした曲の一つでもある。
(私の持っているLPは55年のスイス・ロマンドではなく、68年のニュー・フィルハーモニア管を指揮したもので、
アンセルメ最後の録音)

組曲として全6曲の内、第4番目の「魔王カスチェイの凶悪な踊り」が今回演奏された訳だが、これは幸運の象徴である
火の鳥が、魔王カスチェイに魔法を掛けてクタクタになるまで激しく踊らせるクライマックス・シーンの音楽。それだけに
ティンパニーやファゴット、ホルン等による激しいリズムは音響効果の素晴らしさもあって圧倒された。

 最後の曲、ベルリオーズの「幻想交響曲」第1楽章「夢、情熱」は、非常にゆっくりしたテンポで始まった。ミュンシュ/パリ管で慣れた耳にはアレッと思うほどであったが、すぐさまクレンペラー並のテンポと気付く。この曲はグロテスクさを売り物にする指揮者もいるが、山田さんのは強弱のメリハリは充分付ける一方、優美さを失わない処が素晴らしい。

 山田さんの指揮振りは非常に優美でもある。両手の振りは大きいが体は大きくは動かさない。
カルロス・クライバーの指揮振りに似ているような気がする。 (佐渡さんの指揮振りは、どちらかと言えば無骨でさえある)
「ヤマカズ」は今後の成長が楽しみな若手指揮者である。   終演8時40分

 

 尚、萩原麻未さんとヤマカズのラヴェルは、来年2月24日(日)
ヤマカズの「幻想」等は、来年2月3日(日)にテレビ朝日で放映されます。
お見逃しなく!


以  上