今思うこと

AAFC 連続エッセイ
投稿日
2014/06/04
執筆担当
清水 俊一
 

 

 小学生の終わり頃、松下電器製のFM付3バンドラジオというものが家にあった。同調用の緑色のマジックアイが付いていた。FM放送はNHKと東海大学がやっていた実用化試験局だけだった。そのラジオで「ニーベルングの指輪」を初めて聞いた。年末には、NHKが連日その年のバイロイト音楽祭の録音を放送していた。 当時の私はその壮大で荒唐無稽な物語と音楽にすっかり嵌まってしまった。ワーグナーの毒が回ったのだ。

 考えるにオペラというよりもクラシック音楽というものに本格的に触れた最初の経験だった。 もし、これがプッチーニかなにかの惚れたの腫れたのとか、肺病で薄幸の女が死ぬ直前に嬌声を張り上げるとか云う代物だったら硬派で生意気な私は鼻も引っ掛けなかったに違いない。しかし当時の私は幼稚園以来の敬虔なクリスチャンだったのだ?!?!?

 神様が権力欲に取り憑かれ次第に黄昏、そして破滅してゆくという展開はある種の開放感を私にもたらした。この面白さを分かって貰いたくて家族、友人達に熱く語ったのだが、誰一人として理解者は現れなかった。この複雑怪奇で入り組んだ物語を要領よく分かりやすく伝える能力があったなら小説家にだってなれただろう。

 高校・大学と進んでも事情は同じ、当時はコルトレーンだのモンクだのマイルス・ディヴィスだのとモダンジャズの全盛期。クラシックは少数派、そのなかでもカラヤンかベーム、どちらがいいとかが話題になっても「指輪」が話題になることは無かった。

 唯一度、高校の文化祭演劇で劇伴の選曲を担当して、一幕目の終わりの所に「ラインの黄金」でアルベリッヒが指輪に呪いを掛ける部分を使った。すると異様に盛り上がり盛大な拍手が巻き興って、かなりの客が帰ってしまった。選曲が良過ぎたのか、芝居に退屈した客が逃げる切っ掛けにしたのか今となっては皆目分からない。

 その後、レーザーディスクで「指輪」が売り出されると早速入手して、初めて映像として観た。ブーレーズ盤だった。映像で見ると想像していた以上の世界がそこにあった。それ以降、いろいろな演奏を観てきたが、どれが良いというよりもそれぞれに面白い。演出の違いも大きいが、指揮者の解釈、歌手の歌唱力・演技、舞台装置、衣装等、見所が多々あって興味が尽きることはない。

 定年が間近になってAAFCに入会した。そこには「指輪」について語り合える方々が大勢いらして孤独感から初めて解放された。クラシック音楽を趣味として生きてきて50数年、今ほど楽しく充足した心境に至ったことはない。

 次は大先輩,宇多さんにお願いしたいと思います。

以上          

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