今思うこと

私のオーディオ原点

AAFC 連続エッセイ
投稿日

2014/02/28

執筆担当
霜鳥 晃
 

 

 私はもともと音楽が好きだったわけではない。音楽的環境で育ったわけでもない。子供のころは工作とか絵とか理科が好きだった。小学校高学年になって、当時ハーモニカが流行っていて、私も宮田バンドを買ってもらって練習したが、たいして上達もしないまま終わってしまった。
 ただ、小学校低学年の頃、盆踊りの櫓の昼間活用の為か、旅芸人が招かれ、漫談や余興などが催された。その内の若いお兄さんが笑わせながら話の合間合間にアコーディオンで繰り返し演奏した曲、その曲名を知る由もなかったが、子供心にも印象深く後々までも脳裏に残っていた。

 その曲に再び出会い記憶が甦ったのは、中学2年の時、音楽室でのレコード鑑賞であった。
 ウエーバーの歌劇「魔弾の射手」序曲、イントロの後、ホルンが奏でる有名な曲、
     ソーミ ドミレー ファミレー ミード ミソソー #ソラー と分かった。

 中学2年の時、担任の先生は男の音楽の先生だった。週一回一時限のホームルームの時間は連絡事項が終わると、よくオペラとか作曲家とか有名な曲の話をしてくれた。また音楽室でレコード鑑賞さえしてくれた。私はこの先生の感化で、音楽理論や音楽史、音楽鑑賞はどんどん好きになっていった。

初めての電蓄

 こうして中2になって音楽を聴く楽しみを覚えていったが、家では5級スーパーしかなく、電蓄が欲しくなった。秋葉原には部品を買いによく通っていたから、電蓄の値段もピンからキリまで知っていたと思う。

 キリ位のお金を貰い遂に買ったのは、メーカー名は書いていない代物だったが、一応の大きさはあり、スピーカーは20センチ位かもう少しあったかもしれない。上面の蓋を開けるとスプリングで浮いているターンテーブルがあり、針はSP用、LP用が背中合わせに着いていた。ディスプレイにはマジックアイが付いている。

 前面はウグイス色のサランネットで覆われており、これを我家唯一のフローリング部屋8畳の応接室兼勉強部屋に置くと結構様になった。レコードはまだ買えなかったので、もっぱらラジオ放送の音楽を聞いていた。

初めてのレコード

 2年生後半の頃、音楽映画を見に銀座三原橋のたもとの「東劇」によく通った。その中で、ヴァイオリンを凄まじい速さで弾く、わくわくする様な曲があった。
 町の小さな楽器店兼レコード屋に行き、店員のお兄さんに、曲名は分からないので、上記に書いたようなことを言ったら、EPを持って来て「これかな?」と言って試聴させてくれた。一発で当たった。
 サラサーテの「チゴイネルワイゼン」である。演奏者はハイフェッツ。これが初めてのレコードである。ハイフェッツのことも知らなかった。この一枚を何度も何度も聴き返した。

 2年生の終わりにもう1枚のEPを買った。これは音楽室で聴いて印象深かったブラームスのハンガリア舞曲の5番と6番だ。演奏はアーサー・フィドラーとボストンポップスのもので素晴らしい演奏であったが、フィドラーを知っていて買った訳ではなかった。このEP2枚は後年CDが発売されるに及んで“演奏時間が短い”という理由で捨ててしまった。今思うと勿体無い事をした。

初めての25センチLP(全てモノーラル録音)

 中学3年になると、LPが欲しくなったが、とても買えない。25センチLPでも1000円もした。小遣いを倹約して3か月貯めれば1000円になる。
 こうして買った最初の25センチLPはコロンビアのダイアモンド・シリーズでベートーヴェンの第5交響曲「運命」であった。今も手元にある。これ以降のLPは一部紛失したものを除き全て手元にある。
 演奏はオーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団によるものだが、彼らを知っていて買ったのではなく、偶々オーマンディだった。この演奏を飽きもせず何十回も聞いてきたが、それは名演だったからだと思う。

 「運命」というとフルトヴェングラー、という人が多いだろう。私も4種のLPを持っているが、1943年の戦時下でベルリンフィルとのライブが一番好きだが、オーマンディ盤も決して引けを取っていない。

 次に買ったのはやはりダイヤモンド・シリーズでシューベルトの「未完成交響曲」、これも偶々ワルター指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏であるが、何度聞いても分からなかった。この曲の素晴らしさを知るのには相当時間を費やした覚えがある。後年色々な「未完成」を聴いたが、ワルター・フィラデルフィア以上の演奏はないと思っている。

 3枚目は前2者とは大違いの軽音楽集。ワルトトイフェルの円舞曲「女学生」、「スケータース・ワルツ」、レハールの喜歌劇「メリー・ウイドウ」の「ワルツ」「ヴィリアの歌」、喜歌劇「微笑みの国」から「君はただわが胸の中に」。これもオーマンディ、フィラデルフィアの演奏で、聞いて楽しく、気分転換に何度も聴いた。

 4枚目はベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」。演奏はハイフェッツ。B面には「ロマンス」ト長調及びヘ長調が入っていた。本当に良い曲、良い演奏と思い夢中で聴いた。これはビクター製で、グループ・ガード式。コロンビアと違って、中開き、上からレコードを出し入れする為ビニールの蓋が付いている。

高校生の時、買った25センチLP(全てモノーラル録音)

もう購入した順番は覚えていないが、生涯にわたってよく聴いたものばかり。

ロンドン・レーベルでは

ベートーヴェン 交響曲 第8番 ベーム指揮 ウイーン・フィル。

高校の図書館で音楽雑誌の書評を見て買ったもので、若きベームがこの曲の素朴さを存分に発揮している名演。

メンデルスゾーン 交響曲 第4番 「イタリア」 ヨーゼフ・クリップス指揮 ロンドン交響楽団

高校時代にクリップスを知る筈がないから、やはり書評を見て買ったものだろうが、出だしの木管によるトレモロの素晴らしさ!はクリップス以外に知らない。これに次ぐのはトスカニーニぐらいだ。

コロンビア・レーベルでは

グリーク 「ペールギュント」組曲 第1番、第2番 オーマンディ、フィラデルフィアO 

それぞれ4曲づつ8曲ありどれも素晴らしい演奏であるが、就中、「オーゼの死」、「ソルヴェーグの歌」は神妙に聴いていた。もし自分が死んだら葬式にはこの2曲がいいと思った。

ビゼー 「アルルの女」組曲 第1番、第2番  オーマンディ、フィラデルフィアO。

これは大学時代に紛失し、後年30センチLP で補充したが、ジャケットに愛着はない。やはり25センチのジャケットが良かった。朱色のバックにエキゾチックな黒髪黒目の美女の顔が大きくこちらを向いていた。オーマンディはこの類の音楽も得意で職人指揮者と陰口される。

ベートーヴェン 「クロイツェル・ソナタ」 フランチェスカッティ(vn),カザドゥジュ(p)

これも書評を見て買ったものだが、この曲の仄暗さを良く演じていると思う。後年グリュミオ・ハスキルの演奏を聴いたが、明るくて話にならない。

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲  ホ短調 オイストラフ(vn)オーマンディ・フィラデルフィア 

この優美な曲も何度も聴き返した。この盤に巡り合えて本当に良かったと思っている。後年音楽評論家がこぞってハイフェッツ・ミュンシュ盤を第1位に推薦しているのでCDを買って聴いてみたが、余りにもクールな演奏で好きになれない。メンコンはオイストラフ・オーマンディが最上と思っている。伴奏が上手いオーマンディーは伴奏指揮者とも陰口された。これも大学時代に紛失したが、3年程前お茶の水の中古店で発見し、小躍りして買い求めた。

ベートーヴェン チェロ・ソナタ 第3番 カザルス(vc),ルドルフ・ゼルキン(p)

これは私にとって最高の「癒し」の曲であり、この盤ほど永く何回も聴き入った演奏はない。カザルスも上手いが、ゼルキンの伴奏も実に素晴らしい。主張すべき部分は主張するが、補佐する部分では徹底的にチェロを盛り立てる。
この曲にはフルニエ・ケンプ盤やグルダ盤も良いが、フルニエは飽くまでノーブルな演奏であり、対するカザルスは野性的である。この曲に限っては奔放でスケール感の大きいカザルス盤を私は好んできた。
カザルスにはこの録音(1953年76歳)以外に、1930年53歳(p)シュルホフ盤や最近発表された1958年81歳(p)イストミン盤もあるが、ゼルキンとの共演には及ばい。
散々聴いてきたこの盤だが最近聴いていないことに気が付いた。もはや「癒し」は必要なくなったのか? まだまだ「悩み」はあると思うのだが……….。

これらのLPはかれこれ60年程前のものだが、カビも生えておらず、ピッカピカである。
音も昔の電蓄で聴いていた音より遥かに明瞭であり、雑音もない。保管状況さえ良ければ100年以上いや永遠にもつのではなかろうか。CDは以前30年しかもたないという記事を見たが、そのようなことはないとしても、ポリカーボネイトが空気中の水分を吸収して次第に白濁化して行くという。
SACDだの、ブルーレイ・オーディオだの、ハイレゾだの、デジタル音源は際限なく進化して行くが、それでは昔買ったCDは一体どうなるのだろう。 矢張りLPが良い!!

 

以上、長文、我田引水、思い入れの強い文章になってしまいましたが、今日の NO  MUSIK,  NO  LIFEの礎は、中学時代に出会えた良き師、中高時代に巡り合えた名盤によるものと思っています。
次は田邊克彦さんにバトンタッチします。              (2015・2・25)

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