2008年パリ音楽紀行(1)

2008年7月29日
赤田 勝彦


今年も5月中旬から3週間ほどパリに行ってきた。滞在は観光の中心地にあるホテルではなく閑静な住宅地16区の友人夫妻のアパートである。ホテルでの長期逗留は疲れるし費用も嵩む。アパートだと生活者の視点からパリ市民を観察でき興味深い。
好きな街に旅し、いろいろな人々に出会い、新しい感動を得ると心身ともにリフレッシュされる。
今シーズン終了間じかのコンサートだが期待以上あるいは失望した玉石混交の演奏とりどりだったが、ともかく再生オーディオでは体験できないホールの雰囲気に包まれた生演奏は何物にも変えがたく、足繁くコンサート会場に足を運び今年は大小取り混ぜ計16の演奏会に出掛けた。

心に残った演奏会いくつか記しておきたい。

*5月19日シャトレ座
F.ロット(Felicity Lott)ソプラノ、G.ジョンソン(Graham Johnson)ピアノ
歌曲リサイタル:F.プーランク、H.ヴォルフ、R.シュトラウス他
ずっと前から生演奏を聴きたいと願望していた英国生まれのソプラノで今回やっと出会えた。ロットは本国人以上の同化力でフランス歌曲を歌いこなす。これはドイツリートにおける白井光子がドイツ人以上にリートの奥深さを極めたのと双璧を成す稀有の例だろう。この人はフランス人以上に洗練された味と軽妙なニュアンスに富み、エスプリのきいたアプローチで相性がいいのはプーランクだろう。プーランクは有名な「愛の小径」を含め12曲を多彩な表現とコケティッシュな歌唱でメロディ(フランス歌曲)の魅力を十二分に聴かせ満員の聴衆を沸かした。ピアノのジョンソンとは学生時代からの長年のコンビで絶妙の伴奏とゆうよりも協奏が彼女の格調高い歌唱を自然に引き出しているように思える。
幸せな時を持て大満足の夕べだった。
ロットのシャトレ座でのコンサートを撮ったDVD「昼と夜の愛の歌」が出ている。歌曲ファンには薦めたい。彼女の加える簡潔なコメントや表情が見ものだ。
なおロットは2001年にフランス政府からレジオン・ドヌール勲章(L'ordre national de la légion d'honneur)を授与されている。

*5月23日シャンゼリゼ劇場
C.ティーレマン(Christian Thielemann)指揮ミュンヘンフィル(Münchner Philharmoniker)
ギル・シャハム(Gil Shaham)ヴァイオリン
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、シューマン:交響曲第4番他
シャハムは71年生まれ、現代ヴァイオリン界を代表する名手中の名手である。
この協奏曲、過去幾多の生演奏を聴いてきたがおそらく今回ほど感銘を受けたことは無かった。
オーケストラの第一楽章冒頭から独奏者シャハムはすでに入り込んでいるようで顔面紅潮し楽音に合わせ身体を揺らし、彼特有の美音でソロが始まるや思わず鳥肌が立った。渾身白熱の汗の飛び散る大熱演で終曲までトランス状態。ドイツ音楽のよき継承者ティーレマン指揮のオケも素晴らしく、これぞブラームスの音楽だと感じ入った。
閑話だがシャハムは終始額から汗が滴り頬を伝いヴァイオリンの上に流れ落ちるのがよく見え楽器の手入れが大変ではと気になった。

 *5月26日シャンゼリゼ劇場
C.テツラフ(Christian Tetzlaff)ヴァイオリン、L.O.アンスネス(Leif Ove Andsnes)ピアノ
ブラームス:ヴァイオリンソナタ第3番、他
当夜もブラームスがメインだ。お目当てはいま注目のノールウエイ出身の俊英ピアニスト、アンスネス。
1970年生まれのアンスネスはコンクールを経験せず、音楽性と実力で現代ピアノ界の中心に位置する。派手さとは無縁で端整なスタイルは非常に好感が持てる。
このブラームスもテツラフの滋味溢れるヴァイオリン音色とよくマッチしじっくりと聴かせた。

*5月21日シャンゼリゼ劇場
アルテミス弦楽四重奏団(Artemis Quartet), D.ゲリンガス(David Geringas)チェロ
シューベルト:弦楽五重奏曲 D.956他
実はゲストチェリストにT.モルク(Truls Mørk)とのことで楽しみにしていたが当日になり本人腕の故障で休演となり急遽代役でゲリンガスが来演となった。このあたり地続きのEUの強みなのだろう。
ゲリンガス(David Geringas)は1946年生まれリトアニアの出身で、師であるムスティスラフ・ロストロポーヴィチから受けついだスケールの大きな演奏で、1970年チャイコフスキー国際コンクールで優勝以来世界的な注目を浴びている。実演を聴くのは今回初めて。
アルテミス四重奏団は1989年に結成し、アルバン・ベルク四重奏団やエマーソン弦楽四重奏団及びジュリアード弦楽四重奏団に師事し急速に名声を高めている。
演奏はこの長大な曲を颯爽としたやや速めのテンポで筋肉質の引き締まった快演であった。

ArtemisQ
A.Voldos
アルテミス四重奏団
A.ヴォロドス
*6月2日シャンゼリゼ劇場

A.ヴォロドス(Arcadi Volodos)ピアノ
シューベルト:ピアノソナタ第20番D.894、リスト:巡礼の年から他
ヴォロドスは1972年生まれ、ロシアの出身。超絶技巧のレパートリーで知られ、リストやラフマニノフのトランスクリプションで有名だが、スタンダードナンバーの演奏は非常に端正であり、本来の演奏スタイルは地味で虚飾のない正統派ではないだろうか。
このシューベルトもけれんみの無い、曲の性格を浮き上がらせたまことに立派な演奏であった。
昨年もこの人を同じホールで聴いたが印象は全く変わらない。
サーヴィス精神旺盛でアンコールピースもありきたりな選曲でなく難曲を聴かせ、終演後も気軽に笑顔でサインに応じ好感がもてる。ピアノの椅子も、通常のピアノ用椅子ではなくそこらにあるパイプ椅子を使用し、なにか拘りがあるのか面白い。

*5月30日サル・プレイエル
G.ドゥダメル(Gustavo Dudamel)指揮、ラジオフランス管弦楽団(Orchestre Philharmonique de Radio France)
コダーイ:ガランタ組曲、ストラヴィンスキー:火の鳥他
ドゥダメルは1981年生まれべネスエラの出身、2004年の第1回グスタフ・マーラー指揮者コンクールに優勝し世界の檜舞台に躍り出た27歳の若手で、今や欧米のオーケストラで引っ張り凧の人気指揮者。パリでも若い音楽ファンに支持されているのか、通常当地でもコンサートの聴衆は中高年層が殆んどだがこの日だけは若い聴衆が多く、会場は熱気に溢れていたのが大変印象的だった。
演奏もメリハリを利かせ、情熱噴出しエネルギーが爆発したようにオーケストラをドライブし、なるほど人気が出るなと納得。
次世代のカリスマ指揮者の可能性をもったこのような人物が低迷するクラシック音楽界には必要なのだろう。

コンサートホール以外でも教会、寺院、美術館等でも多数演奏会があり気軽に楽しめるのもパリの魅力の一つである。
コンサートの合間にあちこち地方の町を巡ったが、なかでも南仏プロヴァンス地方がよかった。

St.V-Mtn
サント・ヴィクトワール山エクス・アン・プロヴァンス

プロヴァンスに因んだ音楽といえば、ビゼーの「アルルの女」であろう。また古謡「アヴィニョンの橋の上で」もよく知られている。

AvinyonBrdge
AvinyonPalace
アヴィニョンの橋 サン・ベネゼ橋
アヴィニョンの法王宮殿

これらのことは別の機会に述べたい。