先日(5月11日)の例会の時、山本さんからお声がかかった。
「松本さん、このカウンターポイントのプリを聴いてみませんか」
このブランド、以前から音は素晴らしいと聞いていただけに、「いいのですか、お願いします」の一声でお借りすることにした。家に帰って取り敢えずとすぐ結線をして聴いてみた。
なかなかいい。声が柔らかく、今の装置では高域がきつく聴こえるテナーの張った声も耳を刺激しない。すこし膨らんで聴こえるが、心地よい。これは使えると思った。
早速山本さんに「これ、いいですね。明日、ダイナベクターを接続できるようにプラグを買ってきてじっくりと聴いてみます。その顛末を倶楽部のHPに試聴記として出すように考えてみますよ」と調子の良いメールをした。
翌日、勇んでプラグを買いに行き、アンプも端子を掃除し磨きあげ、使っているプリを取り出してラックにきちんとセットし、電源プラグの向きもチェックし、お気に入りの白井光子さんのブラームスをセットして、期待一杯、どんないい音が出るのかと、そろそろとヴォリュームを上げてみた。
何と音が出ない。
あれ、結線を間違えたのかとアンプの裏を見るが、間違いはない。パチパチといくつかのスィッチを捻ってみるが、うんともすんとも言わない。ラックから引っ張り出してチェックするが、わからない。昨日はあんないい音がすんなり出たのに。
参りましたね。こうなると文科系はお手上げです。
このあともいろいろ笑いたくなるようなことがあったのですが、それを書くことが今日の目的ではないので書きません。試聴記を書けるようになった時にでも「その後」を書くことにします。とにかくお粗末にも今日現在まだ音は出ていないのです。
と言った按配でHPへの試聴記は書けなくなってしまいました。借りてきた日は出たのですが、じっくり聴こうとしたら音が出ないのですから書けませんよね。
それでもHPに書くといった手前、何か書かなくてはと考えていたら、この前整理していた資料の中に以下のような昔の駄文があったのを思い出しました。今回はこれでご勘弁いただくことにさせていただきます。これは業界紙のペンリレーコラムに書いたもので、
1989年10月と記されてありますので13年前のものです。
当方の13年前までのスピーカー遍歴です。
とは言うもののスピーカーはそれ以来変わっていませんし、他の装置も13年前からほとんど変わっていません。その当時はいいと思った音も石田さんところのようなリアリティのある音を聴きますと、すっかり古い音になってしまったなあと感じますが、逆に今売っていないものばかりですから、なかなか他では聴けない音かもしれません。
お聴きになりたい方がいらっしゃいましたらおいでください。そのうちにカウンターポイントに変わってしまうかもしれませんので、お聴きになりたいなら今のうちです。
「私の歌姫」
少しでも良い音で音楽を聴きたいと願って、もう何回機械を取り替えたことか。アポジー・デーバーと言っても何のことやらお分かりにならない方が多いと思うが、実はこれはスピーカーの名前なのである。オーディオと言えるような装置にしてから、これは4台目のスピーカーである。日立HS500に始まり、次にJBL4343に変わり、それからアクースタット3Aを経て、現在アポジー・デーバーとなっている。
オーディオの主役は、やはりスピーカーである。日立HS500で聴いている時はそのフラットで刺激のない、何の匂いも感じない音がむしろ心地よく、現代音楽のシャープさも難解さも案外苦にならなくて、FMの現代音楽祭のライブ放送を心待ちにしたものである。
それが、作家五味康祐氏の「西方の音」に出てくるイギリスのタンノイというスピーカーへの礼賛ぶりを読み、またオーディオ評論家である瀬川冬樹氏の熱っぽいアメリカのJBLへの傾倒ぶりを読むにつけ、これらのスピーカーに対する思いは日毎夜毎いつも頭の片隅に消えることなく、なんとも落ち着かない日が過ぎた。
そして、ついにJBL4343を我が家に迎え入れたのであるが、その第1印象は音よりもスピーカーボックスから醸し出される塗装の匂いであった。聴いた。何よりも交響曲、それにジャズが素晴らしかった。この匂い、この音、まさしくアメリカであった。至福の日は続いた。
しかし、HS500が吉永小百合であるならば、このJBL4343はアーノルド・シュワルツネッガーであった。その音は明るく力感に満ち圧倒的な説得力を持っていた。だが、そこは湿度を感じることのない世界であった。ドライなのである。日が経つにつれ、やはり吉永小百合が恋しく思われてならなかった。
丁度その頃に、アクースタットが創り出す音の世界に遭遇する機会があった。これはかなりのショックであった。
今までの平面的な世界が一挙に立体的な世界になったのである。横のステレオが奥行きのあるステレオになったのである。フィシャーデスカウがピアノの前に立ったのである。吉永小百合も帰ってきた。夜毎に聴くホロビッツ、カラス、カラヤン、ゲーベル、メロス、かつてこれほどの音を聴いたことがなかった。また至福の時が陶然と過ぎた。
しかし、ハネムーンが終わってみると、この歌姫は言ってみればどうみても貧血気味でシュワルツネッガーのパワーと明るい太陽がないのである。悶々の日は続いた。
ここに至って左右のステレオ感があり、かつ奥行きのステレオ感があり、音に繊細感、力感、存在感があるという世界でなければもう満足できない病気に取り憑かれたのである。
これがビールス性なのか先天性なのか自己診断に頼るしかないが、この病気を解決するには、またまたスピーカーを取り換えなければ治らないのではないかと観念するに至った。
もう後はリボン型スピーカーしかなかった。即ち、アポジーである。
部屋に置かれたアポジー・デーバーは聴く前から胸をときめかすものを持っていた。
なんとも異様な姿なのである。高さ1.8メートル奥行き5センチ、アルミ箔の振動板が鈍く光っている。とにかく聴いてみる。目を閉じると、まさにそこに歌姫がいた。これこそ求めていた音であった。
このところ幸せな日が続いている。五味康祐氏は音楽を聴くには何サイクルまでフラットなどという再生装置はまるで必要ないと書いているが、とてもまだそのような枯淡の境地には到達できそうもない。
どの機種を購入した時も、最初は片時も離れていたくないほど夢中になるのであるが、4、5年で他のものに心を引かれてしまう。
そんな訳で、今お付き合いしている歌姫は4人目である。
これが人間様相手なら悶着の絶間がないのであろうが、幸いスピーカーは口がきけないので助かっている。お断りしておくが、私は人間の女性に対しては、決して移り気な方ではないと自分では思っております。