部屋の音
 
松本慎一郎

 
無響音室でスピーカーの音を聴いたことがある。何とも味気のない音で低音をあまり感じない骨っぽく艶のない高域寄りの音で、こんなところで周波数がフラットになったからといっていいスピーカーになるのだろうかと思ったものである。

自分の声が自分のものと思えず、大声で叫んでも喧しいというより大声を出しているのに大声にならないような不思議な感覚であり、とても長く居たいとは思わないところであった。

ところが、同じスピーカーを無響音室ではなく回りを壁で囲まれ適度に音が反射するような部屋で聴くと、音に膨らみが出て来て艶も感じられるのである。

これはどういうことなのか。

どうも音楽を聴くには、空間を仕切る壁が必要で、その仕切られた中でないと聴感を満足するような音にはならないようである。

直接音だけではどんな名演奏も味気のない演奏となる。即ち、無響音室ではどんなにいい演奏をしてもいい演奏には聴こえない。

演奏されたその場所・部屋の中で生ずる反射音というか、直接音以外の音、即ち、間接音が直接音と適度にミックスされないといい音にはならないということのようなのである。

従って、野外とか余りにデッドな部屋では大きな音や豊かな低音は聴けず、適度にライブな部屋ではじめてそれが可能になる。

ということは、デッドな部屋では響きのいいホールで録った名録音のCDをいくらいいスピーカーで再生しても豊かな低音・大きな音、即ち、音楽を楽しめないということになる。

では部屋をライブにすればよいのか。ではライブに出来なかったら魅力的な音は楽しめないのか。

答えはそうであってそうではないのである。

適度にライブな部屋であればスピーカーの音も魅力的になり音楽も楽しめる。

しかし、部屋をライブにしてもそれはスピーカーから出る直接音にその部屋の間接音がミックスされているだけで、演奏されている場所、例えば、ウイーンのソフィエンザールでありカーネギーホ−ルの間接音ではない。心地よい音とは言っても正しい再生とはいえない。

演奏された場所・ソフィエンザールの反射音というか、直接音以外の間接音がミックスされて初めてウィーンフィルのウィーンフィルらしい演奏を楽しめるのである。

この間接音は、2チャンネル・ステレオ録音でも録音されているということであり、これを引き出さなければならない。

これを引き出せばデッドな部屋でも音は魅力的になり音楽も楽しめるのである。

菅野沖彦さんはこんなことを言っている。

「2チャンネル・ステレオは絶対2つのスピーカーで聴くべしなどとは思っていないのですよ。私は部屋でクラシックを聴くときSSSシステムを活かすことが多いんです。でもそれをここに来られた誰もが気がつかない。このリスニングルーム壁面の反射があたかもホールの反射のようなディレイを持つようにするのが、このシステム活用の基準となっています。その意味でアンビエンスは時に非常に有効です。音楽との共存感があり、そこにどっぷり浸かれる。ただ、この方法で全てをまかなうのも無理はあります。ある種の音楽には素晴らしいのですが、ある種の音楽には合わないこともありますから。

この部屋にはメインスピーカーのほかに4つのサブスピーカーがあり働いています。それがうまくいった時の音は2チャンネルでは絶対に出ないものです。しかしそれは、あくまで2チャンネルを中心としたものです。ディスクリートのマルチチャンネルにするほどの大袈裟なことは考えていません。」

では、この間接音をどうやって引き出すかである。

菅野さんはヤマハの考え方である。即ち、直接音が壁面で反射をしていると考えその反射音を出してやればホールトーンは再生できるとするものである。

サブスピーカーからディレイをかけた音を出してそれを聴くことでホールトーンが再現できるとの考え方で、上述のようにある種の音楽には非常に有効であるとしている。

これに対し、ダイナベクターの考え方は全く異なっている。

即ち、コンサートホールの音は、楽器そのものの位相速度成分の音(直接音?)と、これに反射やハーモニックスなどの音が混ざり合って生み出された群速度成分の音(間接音?)からなり、この2つを音楽の音として聴いている。この群速度成分の音は2つの接近した周波数を持つ2つの波が出会うことによって生ずるもので、ホールで聴く音はこの群速度成分の方が遥かに大きい。従って、サブスピーカーからメインスピーカーに群速度成分が出るような音をぶつけてやればよいという考え方である。

文化系の当方にはどちらが正しい理論なのかはわからない。

当方は、ダイナベクターを使用しているが、低音は豊かに出るようになり臨場感も深まり音楽がゆったりとなる。脇田さん、山本さんもお使いで同じような印象のようにお聴きしている。

石田さんはヤマハをお使いでやはり結果はいいそうである。

どちらがいいのかと思い石田さんにテストしてもらおうと当方の使っていないダイナベクターを石田さんところにセットしてもらった。

石田さんのご感想は、ヤマハは全体にバランスが良く、ダイナベクターは低音側に厚みがあるとのことである。

いずれにしても、「2チャンネルでは2チャンネル・ステレオ録音の本当の音は聴けない。サブスピーカーで補完することが必要ではないか。デッドな部屋でも狭い部屋でもこの手当てをすれば豊かな魅力ある音で音楽を楽しむことが出来る。」というのが当方の独断と偏見による現在のところの結論ですが、皆様、いかかでしょうか。

今、石田さんところにお出でになれば、2チャンネル・ステレオの音を2チャンネルのまま、4チャンネルもしくは6チャンネルでヤマハの音、ダイナベクターの音、が聴けます。

部屋でお悩みの方は、一度お聴きになられることをお勧めいたします。

こればかりは、体験しないとわかりませんので。