AAFC

『ピアノ音楽の楽しみ方』(4)

名曲の名演奏を聴き比べながら
ピアノ音楽の歴史を学ぼう!

2015年4月25日
分科会資料
担当 : 高橋 敏郎

 

<第四回の内容>
再び「ピアノ・ソナタ形式」確立者としてのベートーヴェンへ - 
圧倒的な情熱の高揚を経て最後に到達したフーガと変奏への浄化

 ベートーヴェンは生涯を通して32のピアノ・ソナタを残した。(実際には更に習作時代のソナタが3曲程存在する)ハンス・フォン・ビューローはバッハの上下夫々24曲の「前奏曲とフーガ」から成る「平均率クラフィア曲集」全2巻を旧約聖書とし、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲を「新約聖書」と呼んだが、これらは何れもは間違いなく世界の鍵盤音楽史上 燦然と輝く偉大な金字塔といってよかろう。

 またベートーヴェンによって確立されたピアノ・ソナタのジャンルこそ、彼の作品中、交響曲、弦楽四重奏曲と並ぶ3本柱の一つとして青年時代から晩年に至る全生涯にわたって作曲された他の追随を全く寄せ付けることのない最も得意とする分野であった。

 大きく初期、中期、後期の3期に分けることが多いが、今回は中期を代表する第23番「熱情」ヘ短調と最後のピアノ・ソナタ第32番ハ短調を取り上げてみたい。

A.ピアノ・ソナタ第23番「熱情」ヘ短調

  前回試聴した通り、既に中期においてロマン派へと突入したベートーヴェンにあって第23番の「熱情」は、第21番「ワルトシュタイン」と並んで最も気力の充実した時期における文句なしの代表作であろう。
 今回は1960年西側諸国で初めてその全貌が明らかになった旧ソ連の巨人リヒテルのアメリカ・デビュー盤を中心にグールド、ホロヴィッツ、そして時間があれば若手の代表格ファジル・サイを聴き比べてみたい。
 本来は同じロシアン・ピアニズムからリヒテルの対抗馬ギレリス(r.74-DGG録音)を取り上げるべきだろうが、同傾向なので今回は取りやめた。

第一楽章 アレグロ・アッサイ ヘ短調 8分の12拍子 ソナタ形式
物々しい第一主題とおおらかな第二主題によるソナタ形式。提示部反復は省略される。

第二楽章 アンダンテ・コン・モート 変二長調  4分の2拍子 変奏曲形式
美しく平明な2部形式の主題と3つの変奏から成る静かな楽章。

第三楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ短調 4分の2拍子 ソナタ形式
有り余る熱情は形式をも打ち破らんばかりに突き進むが、強烈なコーダは第一主題の急奏、更にはアルペッジョの連続によってすべてを押し切る勢いで一気に終わる。

*スヴャトスラフ・リヒテル(1915-97)

ウクライナ生まれ。初め父から手ほどきを受けた後は独学、その後モスクワ音楽院でG・ネイガウスに師事。ソ連を代表するピアニスト。
1960年アメリカ・デビュー。70年万博の年に初来日、レパートリーは広い。
本演奏はダイナミックだが豊かな幻想味あり。代表的名演。(r.60-RCA)

*グレン・グールド(1932-82)

カナダ・トロント生まれ。40年トロント音楽院入学、A・ゲレーロに師事。
55年録音「ゴールドベルグ変奏曲」が世界的ベストセラー。「バッハの再来」と評されるが、64年一切のコンサートから引退、以降録音と放送のみに注力した。
本演奏は堂々とした風格や雄渾さからは縁遠いが、淡々とグールドらしい。終楽章は流石に盛り上がる。(r.67-CBS)

*ヴラディミール・ホロヴィッツ(1903-89)

キエフ生まれ。10年、同音楽院卒。翌年デビュー忽ち名声を博す。
指を伸ばして弾く独特の奏法、強烈なタッチと完璧な技法で20世紀最大のピアニストと云われた。これも名演。(r.72-CBS)

*ファジル・サイ(1970-)

トルコ・アンカラ生まれ。17歳でドイツ留学、95年NYのYCAオーディション1位。
作曲やジャズも得意な才人。スピード感溢れるタッチで人気。(r,2005-Naive)

B.ピアノ・ソナタ第32番ハ短調

  ベートーヴェンが到達した人類の至宝とも言える最後のピアノ・ソナタ群では、第30番3楽章の変奏曲形式、第31番3楽章の3声フーガ、そして第32番でも第2楽章の変奏曲形式において美しく高揚され更には浄化されて崇高な境地へと導かれる。
 これらは他でもないバッハが終生目指した様式であり、バッハを常に理想としたグールドが何故この最後の3つのソナタから録音を始めたのかも理解できそう。最後のソナタ第32番は大変に特異な2楽章構成である。
 バックハウス、グールド、ポリーニ、ミケランジェリ、グルダなど出来るだけ多くの演奏を聴き比べながら最晩年におけるベートーヴェンを検証してみたい。何れ劣らない名演揃いである。

第一楽章  マエストーソ - アレグロ・コン・ブリオ・エド・アッパッシオナート ハ短調 4分の4拍子 序奏つきソナタ形式 
烈しさと緊張の中に苦悩する人間の最後の姿が描かれる -苦痛-怒り-そして嘆き。第一主題に対位法的処理が行なわれ、展開部は第一主題がフーガ風に展開される。

第二楽章  アダージョ・モルト・センプリーチェ・エ・カンタービレ  ハ長調 主題と5つの変奏曲形式
主題は2部形式のアリエッタ、静謐かつ深淵な名旋律。続く5つの変奏は変奏の極限ともいえる精妙な調べ。天国的な気分は少しづつ高揚化され浄化されてコーダとなる。最後に到達した祈り。

*ヴィルヘルム・バックハウス(1884-1969)

ライプツィッヒ生まれ,同音楽院でベートーヴェン、チェルニー、リストと繋がるダルベールに師事。得意はベートーヴェンで、生前「鍵盤の獅子王」と呼ばれた。
本演奏は28年振りのNYカーネギーホールのライブから(r.54L-Dec)

*グレン・グールド(1932-82)

上記のごとく56年、後期ソナタから録音を始めた。
フーガや変奏曲形式など得意とするバッハとの共通点もあり親近感もあったのだろう。
第一楽章はかなり速いが、終楽章が素晴らしい。(r. 56-CBS)

*アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-95)

北イタリア、ブレシア生まれ。10歳でミラノ音楽院。39年第一回ジュネーブ音楽祭で優勝。
戦時中はレジスタンス運動をやった。46年ロンドン・デビューから名声を確立。
ほとんど鍵盤から指が離れない独特な奏法を貫いた。このソナタもゆったりした微妙なテンポを展開。(r.65-Dec)

*フリードリッヒ・グルダ(1930-2000)

ウィーン生まれ。42年ウィーン音楽院入学。46年、ジュネーブ音楽祭優勝。
本格的にコンサート、録音を開始、50年にはNYデビュー。
ジャズや作曲でも活躍した天才型ピアニスト。(r.70-Dec)

*マウリッツィオ・ポリーニ(1942-)

ミラノ生まれ。59年ミラノ音楽院卒。60年、第6回ショパン・コンクール優勝。
充電期間を経て68年からコンサート復帰。現在最高のピアニストの1人。75年に後期のソナタから録音を始めた全集は39年をかけて昨年漸く完成をみた。(r.75-DG)

PS
前回エフゲニー・ザラフィアンツの弾く第14番「月光」(r,2004-ALM)を皆様と聴きましたが、
一言だけコメントさせて頂きます。

 

以上