序夜 『ラインの黄金』(Das Rheingold)全1幕:2時間40分
第1日 『ワルキューレ』(Die Walküre)全3幕:3時間50分
第2日 『ジークフリート』(Siegfried)全3幕:4時間
第3日 『神々の黄昏』(Götterdämmerung)プロローグ、全3幕:4時間30分
今回は、第一夜の『ワルキューレ』の第1幕と第2幕を上映することになります。
これまでの物語の流れをおさらいしておきたいと思います。
まず、ワーグナーの描いたリングの世界が如何なるものか、それはキリスト教以前の多神教の世界、空間的にはライン川とその周辺、沿岸部とその背後の深い黒い森、岸辺に聳える岩山と、意外に狭いのです。宇宙はおろか、雲の上も、海もありません。
ただし、地下世界があります。
序夜 『ラインの黄金』全1幕
【登場人物】
神々
ヴォータン(Br): 神々の長。若い時、世界を被う巨木・世界樹の枝を折り槍を作ります。その柄に契約をルーネ文字で刻みこむことで世界を支配する権威を得ます。また、自分の片目を代償に女神フリッカを妻にします。
フリッカ(Ms): ヴォータンの妻、結婚の神
フライア(S): フリッカの妹、美の女神、不老長寿の黄金のリンゴを栽培できる。 ドンナー(Br): 雷神、雲を呼び集め雷を落とすことが出来る。暴力的
フロー(T): 幸福の神、虹の橋を架けることが出来る。お目出度い
エルダ(A): 大地の母神。知恵の神でもあり、来し方、行く末を案じている。
ローゲ(T): 火の神。腹に一物あり、神々の没落を予感している。
ニーベルング族の小人
アルベリヒ(Br)ラインの乙女たちに弄ばれ逆上、指輪の力で世界支配を目論む。
ミーメ(T): アルベリヒの弟。兄に虐げられている。
巨人族
ファーゾルト(Bs): フライアに憧れている。
ファフナー(Bs): ファーゾルトの弟
ラインの乙女 ボッタクリバーのホステス
ヴォークリンデ(S)
ヴェルグンデ(S)
フロースヒルデ(Ms)
【第1場】舞台はラインの川底。川底に眠る「ラインの黄金」の守るラインの乙女たち。ニーベルング族のアルベリヒは、彼女たちに言い寄りますがコケにされます。その最中、愛を断念した者が「ラインの黄金」から指輪を作れば世界を支配する権力が得られると知ったアルベリヒは黄金を奪い、地下の国へと逃げていきます。
【第2場】ライン川を見下ろす山の上。神々の長ヴォータンは、巨人族のファーゾルトとファフナーの兄弟に神々の壮大な城ヴァルハラを作らせました。巨人たちは報酬として約束された美の女神フライアを要求します。フライアは、ヴォータンの妻フリッカの妹です。ヴォータンが窮したところに火の神ローゲが現れて知恵を出します。それは、アルベリヒが指環の力によって集めた財宝を女神フライアの代わりの報酬にするということ。巨人たちはそれまでの人質としてフライアを連れ去ります。フライアに去られた神々は急に老け込み生気を失います。
【第3場】ヴォータンとローゲは、地下の国ニーベルハイムに降ります。アルベリヒは黄金の力で世界を征服してみせると豪語します。弟のミーメに作らせた「隠れ頭巾」で大蛇に変身、するとローゲは大げさに怯えてみせ、では小さい物に変身出来るかとそそのかされて蛙に化けたアルベリヒをヴォータンとローゲは縛り上げ山上に拉致します。
【第4場】ヴォータンとローゲは、アルベリヒから身代金として財宝と指環を奪い取ります。アルベリヒは、指環に凄まじい呪いをかけて立ち去ります。巨人たちはフライアの代償として財宝、更に指環も要求します。ヴォータンは拒みますが、大地の母神エルダが突然地中から現れて、呪われた指環は手放すべきと忠告します。そこでヴォータンが巨人たちに指環を渡すと、巨人たちは指環を奪い合い、ファフナーは兄のファーゾルトを殺害、財宝を独占し巨人族の国リーゼンハイムに帰っていきます。ヴォータンは呪いの恐ろしさを思い知ります。ドンナーが陰惨な空気を雷で打ち払い、フローの架けた虹の橋を渡ってヴォータンたちは、ヴァルハラに意気揚々と入城しますが、ローゲは神々の没落を察知し、共に滅びるより元の炎に戻ろうと呟きます。
『ラインの黄金』から『ヴァルキューレ』に至る間の経緯
世界を支配する力を持つ「ニーベルングの指環」がアルベリヒのもとに戻ることを恐れたヴォータンは、神々の意志から自由な人間にファフナーから指環を奪わせるという構想を思いつきます。ヴォータンが自ら奪うことは、アルベリヒの呪いへの恐怖、更に槍に刻んだルーネ文字の契約・掟を破ることになるから不可能です。ヴォータンはまず、地下に降りてエルダのもとを訪ね、エルダとの契りからブリュンヒルデが誕生します。ヴォータンは、ブリュンヒルデを含めた9人のヴァルキューレを育て、戦いに倒れた人間の勇士をヴァルハラに集めさせ(死体搬送)、指環がアルベリヒに戻った場合に予想される闇の軍勢の襲来に備えます。
ご参考までに「ヴァルハラ≒靖国神社」説
他方、地上では人間の女との間に双生児の兄妹をもうけます。ヴォータンは兄妹に対してはヴェルゼと名乗ったことから、兄妹はヴェルズングと呼ばれます。ちなみにギリシャ神話でも神々間の近親相姦の前例があります。ヴォータンの構想では、兄のジークムントこそは、神々の束縛・掟から自由な英雄となるべき存在です。ヴォータンは、英雄の条件としての剣(ノートゥング)をジークムントに授ける手はずも整えています。
『ラインの黄金』から『ヴァルキューレ』に引き続き登場する人物はヴォータンとフリッカのみ、フライア、ドンナー、フローは『ラインの黄金』のみの登場。
ローゲは炎に姿を変えてしまい、人物としてはもう出てきません。
ファフナーは財宝を守るべく大蛇に変身して森の奥に潜み、次の『ジークフリート』まで登場しません。そしてジーグフリートに倒されます。
大地の母神エルダ、アルベリヒも『ジークフリート』まで、ラインの乙女3人は『神々の黄昏』まで登場しません。
『ワルキューレ』(Die Walküre)
『ワルキューレ』はワーグナーの前夜祭と3日間の舞台祝祭劇 楽劇『ニーベルングの指環』では前夜祭『ラインの黄金』に続く2夜目の物語です。
神々の長(おさ)ヴォータンが犯した過ち(泥棒の上前をはねる)が切掛になり永遠の神々に終末が訪れようとしています。ヴォータンはそれを防ごうと必死に画策します。
しかしそのことがまた新たな悲劇を招くことになるのです・・・・・・
『ワルキューレ』は全4話の中では、音楽的に最も美しく、また感動的であるという定評があります。そのため『ワルキューレ』単独で上演されることも多いのです。
本日の公演内容
「ラインの黄金」に引き続きバレンボイム、ミラノスカラ座の2010年の公演映像です。
ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
【演奏】
ジークムント…サイモン・オニール(1971年生、ニュージーランド出身、パワフル)
ジークリンデ…ワルトラウト・マイア(ドイツのベテラン、衰えない美貌、演技力)
フンディング…ジョン・トムリンソン(1946年生の大ベテラン、かってはヴォータン)
ウォータン…ヴィタリー・コワリョフ(1968年生ウクライナ出身)
フリッカ…エカテリーナ・グバノヴァ(1979年モスクワ生れ、迫力満点で押し出し強し)
ブリュンヒルデ…ニナ・シュテンメ(1963年スウェーデン、現代最高のイゾルデ)
ほか
ダニエル・バレンボイム(指揮)ミラノ・スカラ座管弦楽団
演出:ギー・カシアス
【収録】2010年12月7日 ミラノ・スカラ座公演
第1幕・第2幕の概要
ワーグナーの「指輪」物語の構想はまず、「英雄ジークフリートの死」(=現在の「神々の黄昏」)からはじまり、その前史として「若きジークフリートの物語」(=「ジークフリート」)が書かれ、そのジークフリートの両親の物語として「ワルキューレ」第1幕、第2幕が、ジークフリートの配偶者となるブリュンヒルデの経緯を説明するため第3幕が書かれました。
「ワルキューレ」第1幕はジークムント、ジークリンデという双子の兄妹の出会いと恋に落ちる物語です。登場人物が3人であることもあり、この幕だけ演奏会形式で頻繁に取り上げられます。特に第3場の愛の2重唱は「指輪」の中でも最も甘美な場面として知られています。第2幕は、兄妹を見守る神々族が登場し、ジークムントに死をもたらさざるを得ない経緯の物語です。ヴォータンに対する妻フリッカの20分近くに渡る小言・いやみ、ヴォータンが娘に自分の「苦悩」を語る場面、が続いてやや冗長ですが、最後はあっという間にジークムント、続いてフンディングが殺されます。
- ワーグナーは他のオペラ作曲家と違って台本もすべて自分で作りました。そして一言一句もらさず曲を付けたので、説明・回顧などの場面が非常に長くなっています。しかしこの説明・回顧によって物語の全体の流れが理解できるようになっています。
あらすじ
第1幕
激しい嵐の中を、ヴェルズング族の若者ジークムントは森の一軒家にたどりつく。若い女が家の中から出てきて、疲れ切ったジークムントに水を与える。女はこの家の主人フンディングの妻ジークリンデである。ジークムントは敵の大軍から追われている身だから、この家に敵の訪れるのを恐れて、去ろうとする。ジークリンデは彼によどまるように乞う。(第1場)
そこへフンディングが帰ってくる。ジークムントは、自己の身の上を物語る。敵との戦い中に彼は父を見失い、母は殺され、双生児の妹も行方不明になった。またある時、1人の娘が無理強いの結婚から逃れるのを助けるために、娘の兄弟たちと戦ったが、そのおり衆寡敵せず、彼は武器を失い、娘も死んでしまった、と。その話を聞くうちにフンディングは、この語り手こそ自分の敵であることを知る。しかし猟人仲間の掟により、武器なくして逃げ込んだ者には、たとえ敵であるとも、一夜の宿を貸さねばならない。フンディングは明朝の戦いを約して眠りにつく。(第2場)
ジークムントが火にあたっていると、ジークリンデが、眠ってしまったフンディングの床を離れて、そっと戻ってくる。2人は不思議な力に惹かれて、互いに愛し合うようになっていたのである。ジークリンデは身の上を物語る。彼女は力ずくでフンディングの妻にさせられたのである。トネリコの木に刺さっている剣についても話す。戸が一陣の嵐によって開け放たれ、春の月光のさしこむ中に、2人は愛の二重唱を歌う。ジークムントはトネリコに突き刺さった剣を見事に抜き取る。2人は父ヴォータン(ヴェルゼ)がこの剣をジークムントのために置いて行ったのであることを悟る。2人は逃亡する決心をする。(第3場)
第2幕
ヴォータンはジークムントをフンディングとの戦いに勝利させるために、ワルキューレの1人、ブリュンヒルデに手助けさせようと考えている。ところがこのもくろみは、妻フリッカによって妨げられる。というのはフリッカは夫の不貞によって生まれたジークムントのことを恨み、フンディングの方に勝利を与えるよう要求したのである。ヴォータンは結局ジークムントを保護しないと約束させられてしまう。(第1場)
ブリュンヒルデがやってくるとヴォータンは彼女に自分の胸の内を語り、ワルキューレ達が生まれた経緯、神の束縛にとらわれないジークムントへの期待を説明するが、ブリュンヒルデには、フリッカの言にしたがいフンディングを助けるように指示する。ブリュンヒルデは、ただジークムントに死の宣告を与えるというつらい役目のために地上に降りていく。(第2場)
一方地上では、ジークリンデは兄であり恋人であるジークムントと逃走を続けながらも、自分が愛なきひとフンディングに身を任せた汚れた身であること恥じ、あげくは気を失ってジークムントの傍らに眠り込んでしまう。(第3場)
そこへブリュンヒルデが現れ、ジークムントに向かい、彼が敗戦の運命を負わされていること、彼が倒れたのちは、ブリュンヒルデ自らがヴォータンのもとに彼を連れていくこと、そしてジークリンデとは別れなければならないことを説き聞かせる。しかし愛に燃えてジークムントはジークリンデと別れることを拒否する。ブリュンヒルデはこの愛に感動を受け、父ヴォータンの命に背き2人を助けようという。(第4場)
ジークムントとフンディングは戦う。ブリュンヒルデはジークムントを助けようとするが、その時、彼女の心を見抜いたヴォータン自身が、ジークムントの霊剣を打ち砕くので、この若者はフンディングにより殺されてしまう。ブリュンヒルデはせめてジークリンデを助けようと、彼女を連れて逃げ去っていく。ヴォータンはフンディングを殺し、命に背いた娘ブリュンヒルデのあとをおこりながら追っていく。(第5場)