シャコンヌを聞く

AAFC例会資料

2017/01/22

担当 : 稲垣 慈見

 

シャコンヌの作曲家(続き)

前回、聞いて頂いた他に、次のような作曲家もChaconne形式の曲を書いているらしい。

1. Monteverdi , Claudio (1567.5.15 クレモナ-1643.11.29ヴェネツィア)
    「西風は戻り」 マドリガル集
2. Frescobaldio, Girolamo (1583.9.12?フェラーラ-1643.3.1ローマ)
3. フェルニコエーロ, A (1585-1656)
4. Merula, Tarquinio (1590?クレモナ-1665.12.10クレモナ)
5. ベルターリ, アントニオ (1605?-1669)
6. Kerll (Kerl, Kherl, Cherl), Johann Casper (1627.4.9アドルフ-1693.2.13ミュンヘン)
7. Lully, Jean Baptiste (Lulli, Giovanni Baptista ) (1632.11.29フィレンツェ-1687.3.22パリ)
8. Mozart, Wolfgang Amadeus (1756.1.27ザルツブルク-1791.12.5ヴィーン)
    「ネプチューンをいざ称えん」 IDOMENEO 第1幕第11場 ニ長調 3/4
    Hans Schmidt-Isserstedt, Staatkapelle Dresden (EAC-77062-65)
9. Reger, Max (1873.3.19ブラント-1916.5.11ライプツィヒ)


シャコンヌ形式のまとめ

シャコンヌの性格として寺神戸亮は、五つの特徴を上げている。

1. 3拍子のラテン的で快活な舞曲
2. 2拍目にアクセントがあるサラバンドと似たリズム
3. 定形バス(バッソ・オスティナート)の上に繰り広げられる変奏曲
4. スペイン・イタリア風は明るく快活。フランス風は中庸なテンポをとり優雅で重厚
5. 基本的に長調であるが、フランスに渡ってからは短調のものもある。

バッハのシャコンヌを聴く

礒山 雅は、その著書《バッハ=魂のエヴァンゲリスト》の中でシャコンヌを次のように評している。

ソロ楽器を単なる旋律演奏のために使っているのではない。そうではなく彼はソロ楽器を用いながらも多声的なポリフォニーをそこに実現しようとしているのである。だがいくら弦楽器に重音奏法が可能であるといっても、一つの楽器で完全なフーガの再現が可能であるはずがないから、必然的に音楽はいくつかの声部の対立をひとつの流れの中に組み込んだものとなる。水平な画面の中に遠近法を用いて立体感を出す効果に似ている。ソロ演奏の中にポリフォニーを聴き取ることは、聴き手の想像力の働きにゆだねられる(第Ⅴ章〈幸せなる楽興の時〉)。

古楽風バッハの最良の成果のひとつとして、私はシギスヴァルト・クイケンがバロックヴァイオリンで弾いた《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》の録音を挙げたい。

クイケン以前の誰が〈シャコンヌ〉はなるほどシャコンヌだ、と分るように弾いたであろうか。クイケンは、バスに主題があることを一貫して明示し、複雑な音の構成をクリアに弾き表わすことによって、六つの名曲を、真のバッハ的ポリフォニーとして再現している。その品格は、コンクールで優勝する名手が学んで来る〈シャコンヌ〉奏法とは別の次元にある(補章<二十世紀におけるバッハ演奏の四段階>)。

そこで、初めに、礒山氏推薦の演奏を聴いてみよう。
     Sigiswald Kuijken(BVCD38082)


バッハのシャコンヌを聞く

上述されているように礒山雅氏は、バッハのシャコンヌについてその演奏の難しさや形式的側面を述べている。このことに関しては、後にカール・フレッシュや寺神戸亮の解説に基づき、変奏毎(断片的)に解析的にこの曲を味わうこととしたい。その前に、バッハにとってシャコンヌとはどういう意味を持つのか、その本質について考えてみたい。

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの清書譜は1720年マリア・バルバラを亡くした年に書き上げられた。そもそも、バッハの作品数が多いとはいえども、シャコンヌ形式の曲は、3曲しか知られていない。BWV12(資料3) 

カンタータWeinen, Klagen, Sorgen, Zagez (MA8066~71)

第2曲の合唱部分で、四度音程の間を半音階的に下降する音型が反復される。
BWV232(資料4)

Hohe Messe in H-moll, Credo Nr. 5 Crucifixus (AA9496~98)

でもシャコンヌを採っている。この二曲は深く十字架に関わる場面である。日本人にとって十字架はキリスト教を象徴するシンボルに過ぎないが、その実態は実に恐ろしい刑罰なのである。つまり、バッハにとって、シャコンヌは魂の叫び、深い祈りの曲なのである。これが最も端的に感じられるのは、斎藤秀雄を偲んで桐朋の卒業生が演奏したオーケストラによるシャコンヌである。これは斎藤秀雄が学生の合奏練習用としてBusoniのピアノ版から編曲したとのことである。さすがに、アルペジオの部分を合奏するのは難しいのか、管楽器が主体の編曲となっている。

Chaconne in Saitoh Memorial Memorial Concert 1984 (FONX-5017/8)

この演奏からは、斉藤秀雄に対する敬慕、感謝、哀悼を心から感じ取ることができる。
あわせて、このオーケストラ版の原曲となったピアノの演奏を聴いてみることにしよう(資料2)。

Chaconne in YUJI plays BACH (ME5001)

ギター版のシャコンヌもしばしば演奏されるが、今回はSegoviaではなくSzendrey

Chaconne in Laszlo Szendrey-Karper guiter recital (LPX 1161)

を聴くことにする(資料1)。ギターでは、音の持続性が短い撥音、1オクターブ低い音域、フレット(平均律と純正律)などの特性から、ヴァイオリンとは、全く異なる印象を持つ(資料5)。私には、些か精神的緊張感が弱まり、痛みやパッションを強くは感じない反面、生を達観したしみじみした情感(哀愁)とでもいうものを感じる。


曲の解析と演奏

バッハのシャコンヌをヴァイオリン演奏の面から考えてみる。そもそも、ヴァイオリンで同時に4つの音を弾くことはできない。しかし、指示されている音符の長さよりも充分短く且つ音の減衰が充分小さい時間内で、弓の移動が出来れば同時性については殊更云々する必要はない。

問題は、適切なポジションにおいて、左手4本の指がそれぞれ別の弦の音程をとらなければならない。(隣接する弦では、同一ポジションならば一本の指で音程をとることが可能な場合もある。)

基本的にはG線は小指、D線は薬指、A線は中指、E線は人差し指。ポジションは一度ずつずれているのが手の形としては自然。例えば、第2小節第1拍d1,g1,h1,e2ではG4, D3, A1, E0, 第3小節第1拍のd1,f1,a1,f2ではG4, D2, A0, E1というように(資料5)。バッハは無数の重音を演奏可能なように散りばめており、また演奏者も何とか弾いているのには、驚異の念を持たざるをえない。

また、「重音をいかに弾いているかに気を取られ、シャコンヌがポリフォニーの曲であることを忘れてはならない」と、五十年以上前にこの曲を始めて紹介してくれた友達が強調していた。ポリフォニーの曲において、上声部と下声部は容易に聞き分けられる。

バッハのシャコンヌでもバスの部分は聞き取れるが、低声部を旋律として感じているかと問われると問題がある。まして、中声部を感じるのは難しい。オーケストラ曲でさえヴィオラや第2ヴァイオリンは意識して聴いていても、全体の響きの中に埋没してしまうことが多い。まして、無伴奏のヴァイオリン曲で中声部をポリフォニーとして感じることは、いまの私には無理である。弦楽合奏版や四重奏版では、中声部を聴きとるトレーニングになるかもしれない。

Chaconne in The Concert Masters of the New York, cond. David Broekman (DL 79955)

最近では、ポリフォニーにこだわらずに、曲の流れに身を任せればよい、自分自身の聴き方で聞けばよいと達観した。

ハンガリーのCarl Fleschはヴァイオリン奏者、教育者として著名である。その著書Die Kunst des Violinspiels (1728) (ヴァイオリン演奏の技法)の付録で、ヴァイオリン奏者はバッハのシャコンヌに、どう向き合ってどのように演奏したらよいかを20ページに渡って詳述している。

これはまた、聴衆はシャコンヌをどのように聴いたら良いか、をも語ってくれていることになる(前回の資料参照)。ここでは、寺神戸亮の「《シャコンヌ》の時代と背景&バッハの演奏法(サラサーテ2011/10 vol.42)」の譜例の一部(資料6)も流用して、聴きどころを紹介する。シェリングの演奏をADコンバーターで分奏する。

Henryk Szeryng (Grammophon SMG-9026)

使用機器はTASCAMのステレオマスターレコーダー/ADDAコンバーター DA-3000である。
任意の箇所にマーカーを付けることができて便利であるが、SDカードの編集をするには、能率が悪い。


資料

資料1  楽譜 Chaccone Segovia, Andrés  
資料2  楽譜 Chaccone Busoni , Ferruccio
資料3  BWV12 Weinen, Klagen, Sorgen, Zagenの歌詞
資料4  BWV232 ロ短調ミサ曲Credo Nr.5の歌詞
資料5  ヴァイオリンの音程とポジション, ギターの音程
資料6  シャコンヌの基本テーマ(寺神戸亮による) 

 以 上

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